【漫画】僕の週刊少年◯◯を振り返る・第4回~少年マガジン編~【全5回シリーズ】
サンデー・チャンピオン・ジャンプと続いてきた今シリーズ。4大週刊漫画の最後は少年マガジン。
しかし、このマガジンについては長い期間購読した記憶が薄い。
かと言って、購読していなかったわけでも無い。
今回はそれも同時に思い出しながら書いていこうと思います。
僕の週刊少年マガジン歴を振り帰ってみる
初めて自分のお小遣いを持って1人で買った週刊少年漫画コミックスはなんだったろうか?
そんな事を思い出していた。サンデー、チャンピオン、ジャンプ、そしてマガジン。
バラバラなっている記憶を探ってみたら、1冊の漫画とぶつかった。
1973年~1974年までマガジン誌上で連載。その後、1977年から翌年までは月刊少年マガジンで連載。講談社コミックス版では全7巻。
当時4巻まで発売されていた『バイオレンス・ジャック』(KCコミックス版)の第1巻。これが一番最初に購入した少年漫画コミックスである。
あんまり書くと年がバレるので抵抗があるが(笑)この頃まだ小学校の低学年である。
そんな年にまさかの『バイオレンス・ジャック』。こんな暴力的な漫画をよく何の抵抗も無く買えたものだと自分でも驚いているが、これには理由がある。
この漫画の舞台は地震で崩壊した関東地方である。1巻はそんな地震に遭遇した主人公・逞馬竜が姉と避難するも、姉は主人公を守り命を落としてしまう。一人ぼっちになった竜は同じく地震で家族を失った孤児たちとグループを作り困難と戦っていった。そんな中、少年たちの前に現れた正体不明の大男ジャックと出会い、困難を乗り越えていく。
次第に少年はそのグループのリーダーとして成長していく。
こんな物語なのだが、その作中に出て来る災害『関東地獄地震』の描写が怖かった。
70年台においても『いつか大地震が来る』と言われており、その最も有力と言われていた東海地方・名古屋の住人で、いつかくるであろう地震に、自分はどうやって生き残ろうかと考えていた時に出会った漫画だった……と言うのが原因である。
多分、これが少年漫画と自分との最初の出会いだった。
実際に少年マガジンを購読する前にいくつかのマガジン漫画を知っていた。『あしたのジョー』と当然ながら、『イヤハヤ南友』74年~76年(永井豪)や『B・Cアダム』1975年(赤塚不二夫)などの漫画を覚えていると言うことは、そのあたりで何冊か少年マガジンを買ってもらっていたのだろうと思う。定期的な購読はしていなかったが、実は少年マガジンが1番自分にとって最初の週刊少年漫画なのは、整理してみて気がついた。
1982年から少年マガジンを意識し始める
=マガジン購読に向かっての第一の刺客=
時は流れて、1982年。
当時、中学生。週刊少年サンデー、週刊少年チャンピオン、週刊少年ジャンプに加えて、増刊少年サンデー・月刊チャンピオンなどに加えて単行本数冊を定期的に購入していた時期で小遣いが圧迫。マガジンまで手が届かなかったし、特に大きな興味も持てなかったのだが、82年に『ある』漫画単行本を弟が買ってきてから風向きが変わる。
コータローまかりとおる! (蛭田達也)1982年~94年
破天荒な主人公コータローが痛快。ロン毛の主人公とライバルであるツルツル頭の天光寺との比較が楽しかった。巨大過ぎる学園という設定も面白かった。
=第二の刺客はバリバリと…=
そして1983年、弟からの次なる刺客がやってくる。
線が荒い!なんか見づらい!これがヒロインか…作者はちょっと女の子描くのが苦手なのかななんだろうこの『キャピリン★』という擬音は可愛さを擬音で表現しているのか?
しかし、読み進めて行くとこれが案外イケる。公道レース中心だったが、秀吉が登場して舞台がサーキットに向かっていくあたりからは物語がグッと締まってきて面白くなってきた。
その後、4時間耐久レースで盛り上がって行く。
でもまだ定期的に購買しようと言う気持ちは無かった。
バイト先でこっそり休憩時間に読んだり、弟の単行本を読む程度だったと思う。
=そしてとうとう……俺、陥落=
しかし1985年あたりから『ある漫画』にハマる。
実際には1984年からスタートしていた作品でバリバリ伝説を読む傍らでちょっと気になっていた作品ではあったが、後半に向かうにつれ面白さがドンドン増して行った。
フィフティーン・ラブ 塀内真人(夏子)84年~86年
=心が震える作品=
最初は学園系のテニス漫画だと思っていた。中学生2年の松本広海(ヒロミ)は陸上部のエースだったが、テニス部の上級生で全日本2位の実力者,九堂一也に出会い、彼に挑戦するためにテニスを始める。天性とも言える身体能力の持ち主のヒロミはグングン勝ち上がり。神奈川県大会の決勝で九堂と対戦するも敗れる。(ヒロミテニス歴3週間・笑)その大会で、アメリカから日本に新人発掘に来ていた元・テニスのトップランカーでテニススクールを開いているモーリスに見出されてカルフォルニアに留学する。
最初は些か強引な展開であったのだが、ジミーやロビンなどのライバルが登場する辺りで一気に面白くなっていく。
物語が中盤あたり、丁度USオープンあたりの話をやっている時に「これはチャンと読みたい!続きが気になる」と言うことで少年マガジンを買い始めたのが購入の始まりで、そのちょっと前に少年チャンピオンの購読をやめていたこともあり。最初は『この漫画が終わるまで』のお試し期間のつもりだった。
このあたりでバリバリ伝説は4時間耐久レースをやっており、そちらが盛り上がっていたもの要因の一つで、この2本を柱に購読を開始。
=サブキャラ好き=
85年に入り、バリバリ伝説では衝撃的な『ヒデヨシの死』描かれ、ひどくショックを受けた。
自分の好きなキャラクターの傾向として『アクの強い脇役』で『油断すると主人公を喰ってしまう』ようなキャラが挙げられる。ヒデヨシはまさにその典型的な例で。これは読んでいた人しかわからない話なのだが、『今でも出かける前に車などの鍵を探しているとついヒデヨシの事を思い出してしまう。』
フィフティーン・ラブにハマったのも、多分そんなサブキャラ達が際立っていた事に起因しているのだと思う。
次の項からいつも通り1986年以降開始の印象に残った漫画を挙げていきながら語っていこうと思います。
1986年開始の印象に残った漫画
100万$キッド (画・石垣ゆうき/原作宮崎まもる)88年まで
=美味いぞぉぉぉぉぉぉぉ(これはアニメ版)=
フィフティーン・ラブが終了。最終回はウインブルドンで優勝して終わる。実際のグランドスラム大会を日本人が優勝する日なんて来るのかなぁ…と思っていたが、28年後の2014年に全米オープンのセンターコートに錦織圭がとうとう立った時は感動したなぁ。残念ながら準優勝だったが、4大大会の決勝なんてホントに夢のようでした。
さて、このフィフティーンラブが終了したら、買うのをやめようと思っていのだが、何となく続けて買っていた。ミスター味っ子が面白かったからだ。ジャンル問わず、アイディア料理で料理対決を勝利して行く主人公、味吉陽一。この漫画の駅弁対決で登場した『あつあつ弁当』(生石灰(酸化カルシウム)に水を加えて化学反応によって発熱させる方法)は驚かされた。
後に実際に存在しているものだと知って、コチラも熱くなった。
このミスター味っ子に登場する味皇のリアクションが激しいと言うのは後に放送されたアニメの方であり、原作の味皇は『あそこまで酷いリアクション』では無かった。
パスタの茹で方なども勉強になった覚えがある。
=なんか色々と…ぶっ飛んでる漫画=
100万$キッドという漫画あった。記憶に残った印象だけでザックリ言うと、中学生の主人公が100万$持ってカジノに挑むと言う漫画。少年誌もおおらかの時代があったものだ。
作画は後に『な…なんだってーっ!!』で有名になる石垣ゆうき先生。
私の説明では頼りないのでAmazonの商品紹介を引用してみた。
ポ、ポーカー漫画ですかあ?
中学生がラスベガスで賭け金上限なし1本勝負!?原案協力者ですらたじろいだ「週刊少年マガジン」連載の前人未到ギャンブル漫画、登場!!
二階堂ひろしは、三度の飯よりギャンブルが好きな中学生。そんなひろしが、二階堂家の跡継ぎを決めるために親から託された1億円を手にラスベガスへ!伝説のギャンブラーといわれるドラゴンを破り、ポーカーワールドチャンピオンシップに挑戦!白紙の小切手を賭けたり、目隠しをして勝負したり、早くもひろしのギャンブル魂が炸裂だ!
ストーリーの細かい部分は忘れているが、この設定は覚えていて、かなりインパクトがある漫画でした。
1987年開始の印象に残った漫画
THE STAR (画・島崎譲/原作・藤本ひとみ)91年まで
ブレイクショット (前川たかし)90年まで
名門第三野球部 (むつ利之)93年
風のマリオ (山田貴敏)87年まで
=役者バカきたる=
1987年に開始した漫画は印象的な物が多い。まずは『THE STAR』(島崎譲)。
主人公の長瀬優也は優秀だけど欲がない普通の高校生。
ガールフレンドが優也に内緒で応募した映画の主役オーディションの一次書類書類選考に通過したためにホールに無料で招待された一般観衆の前での二次選考に挑む事になる。オーディションの控室には同じく一次選考を通過した参加者でごった返している。皆一様に野心を抱いて参加している中、オーディションところか演技すら未経験の優也は戸惑いを隠せないでいる。
そんな中、オーディションの幕が開く。参加者たちに与えられた課題は『ただ、歩くだけ』であった。
物語はこんな感じで始まる。その後、役者の道を歩き始める長瀬優也は様々な妨害や困難を乗り越えていくのだが、恋あり格闘ありと『芸能界とはこんなにハードルが高いものなのか?』と思わずにはいられない展開。格闘漫画だと敵がドンドン強くなってその都度、成長してくのだが、この話の場合は規模がどんどんインフレしていく。最終回あたりはとんでもない規模になっていった記憶がある。なんかワールドワイドな展開になっていたと思います。
でも、それが面白いのが漫画ですよね。
=当時の流行りだった=
ブランド物のスーツに身を固めて、おしゃれなバーでカクテルを楽しむことがトレンディだったバブル時代。映画『ハスラー2』のヒットなどでおしゃれな若者の遊びとして一世を風靡した『ビリヤード』。そんなビリヤードを主軸においた作品が『ブレイクショット』である。
コチラは競技としてのビリヤードですので、オシャレ感は一切ありませんが、題材がビリヤードですので、ついついしっかり読んでしまった思い出があります。
ちなみに私もビリヤードを朝までプレイするような生活を送っていましたが、おしゃれなプールバーではなく、ボーリング場とか雑居ビルの細い階段を登った先にあるようなちょっと怪しげな場所でプレイしていました。
=記憶がこんがらかる2作品=
山田貴敏先生といえば、今やDr.コトーで有名だが、私が記憶している先生の作品の主人公は絵を描いていた。『風のマリオ』は彫刻がテーマで『マッシュ』は絵画がテーマ。
『風のマリオ』はマガジン連載で『マッシュ』は少年サンデー連載。
『風のマリオ』は1987年までの連載で、その二年後に『マッシュ』が始まる。
この『風のマリオ』(マガジンの彫刻漫画)と『マッシュ-時代より熱く-』(サンデーの絵画漫画)はいつもこんがらかる。
理由は簡単だ。キャラクターが似ている事とどちらもまるで『世界名作劇場』を見ている気分にさせられるからである。
こんな風に記憶がこんがらかるのはこの作品だけでは無い。
塀内真人(夏子)先生の『おれたちの頂』と島崎譲先生の『蒼き氷河の果てに』と言う作品があるのだが…。この2つもよく間違える。2つとも登山を主題にしている漫画であるのと、ふたりとも男性の名前で作品を発表している女性漫画家だと言うことで当時はよくこんがらかった。
=他には…=
むつ利之先生といえ第三野球部の前作『バニラ37℃』ではちょっとエッチ系な漫画を描いていた記憶があるのだが、ここに来て華麗なる転身である。
この年、塀内夏子先生はサッカー漫画『オフサイド』を発表するが主人公の熊谷五郎がキーパーであることが一抹の不安をよぎらせる。ゴールキーパーはボールがゴール前に来ていない時は案外地味だからだ。主人公がその位置では……。
そんな不安が通じたのか五郎はその後ミッドフィルダーに転向するんだけどね。
どちらにしても先回の『ジャンプ』のキャプテン翼辺りで書いたが『私はオフサイドがなかなか理解できなかった男』である。そんなオフサイドが表題になっている漫画なのでファンの多い作品でありながらも私の反応はイマイチだった。
1988年開始の印象に残った漫画
=この年、新規ではあまり盛り上がれなかった=
『け…ケンシロウが…医者になっている』これがスーパードクターKを初めて読んだ時の感想だ。この漫画の世界では別に核で壊滅的な世界でも無く、普通の現代が舞台だ。
そこにガタイの良い男、しかもマント姿で登場したら現代社会において、違和感バリバリである、しかも医者。こんなブラックジャック+北斗の拳を二で割ったような漫画で、今風に言えば『混ぜるな危険』的な漫画であった。
後に続編も連載されるほど根強い人気がある漫画でもある。
1989年開始の印象に残った漫画
キラキラ! (安達哲)90年まで
はじめの一歩(森川ジョージ)連載中
風のシルフィード(本島幸久)93年まで
この年印象に残っている漫画は上記の3本。
風のシルフィードは当時、なかなか珍しい競馬を題材にした漫画で、シルフィードと言う競走馬の成長を描いたものだ。私はこの四年後にに競馬にハマるのだが、競馬にハマってから見たらツッコミどころが満載の漫画なんですよね。でも少年漫画として見たら成長物語と言うこともあり楽しく読むことが出来た。
=キラキラした青春は全てが良い思い出ばかりでは無い=
エキストラのアルバイトの途中、ひょんな事から芸能事務所にスカウトされてしまう、ごく普通の高校生、杉田槙平。芸能活動に対して理解があり芸能科が存在すると言われている青晶学園の文化祭に訪れる。そこには非日常のような風景が……。奔放な芸能科の面々に刺激を受ける槙平。そんな槙平の前に現れたのは、スカウトされた時に見かけた美少女・戸田恵美里。
槙平は青晶学園に編入し、芸能科に通う生活が始まる。
だからと言って、先に書いた『THE STAR』の様に芸能活動メインの話では無く、芸能科での生活が中心の学園ストーリーになる。
一見華やかで自由に見える芸能科、しかしそれを快く思っていない教師の締め付けに翻弄されたりもする。
恋とキャラクターそれぞれの葛藤などの紆余曲折を経て、最後は恵美里とくっつく槙平なのだが、最終回、高校卒業を控えた槙平の夢の中に登場した神様との会話が印象的だった。
東大に合格し恵美里とも付き合う。そんな順風満帆な未来を目の前にして、その神様は槙平に語りかえる。それは槙平の内に眠っている不安を見透かしたような内容であり、全てには終わりがあると言うことを槙平に伝える。
この描写を物語の最後に持ってきて、読者に不安感を与える描写はいつまでも心に残ってしまう。
余談だが、この作品に出てきた小山若菜というキャラクター。すごく好みなんです。
好きな女性のタイプは?ともし聞かれたら『こんな感じの娘が好み』と名前を挙げて伝えたいのだが、それで通じるのはこの作品のコアなファンくらいだろうと思う。
『私の漫画ヒロイン3大キャラ』(アニメとは別)の1人に挙げられるくらいである。
1人はツルモク独身寮に登場した主人公の元カノ、ともみ。そしてもう一人はこの作品の若菜、最後の1人はいつでも変更できる様に空位である。
(うん、中年の話題としてはちょっとキモいな……ここまでにしとこう)
=一歩=
この年ははじめの一歩の連載がはじまった年でもある。いじめられっ子の少年、幕之内一歩がボクシングと出会い、ボクシングに惹かれ、ボクシングを通して仲間やライバルと出会い、成長していく物語だ。実は大好きで単行本も買い揃えていたが80巻あたりで止まっている。
なかなか先に進まない展開に業を煮やしているからです。
特にライバル宮田一郎との試合が流れた時には大きな落胆しか無かった。
ここで一つのクライマックスを迎えることが出来たはずなのに延ばし延ばしにする内容。
そしてその割には休載も多く、酷い時は一話分の話を二週に分けて掲載し、その次は休載すると言う事もあった。最初の頃はそんなことなかったのになぁ……。
内容は文句なしに面白いのだが、そういった作者の姿勢がどうにも気に入らない。
薄めたコーヒーを飲んでいる気分にされられる。これならばいっそ月刊誌に舞台を移してノンビリ描いてもらったほうが良い。まぁ、それも出来ない編集部の事情もあるんだろうけどね。紙の本に強いこだわりを持ってらっしゃるようだが、100巻を超えるような作品である。リアルタイムの連載は致し方ないとしても、過去のストーリーくらいは電子書籍化を許可しても良いように感じた。このまま読者が離れていき、『あれ?一歩のラストってどんな感じで終わったっけ?』と言われて欲しくないものだ。ラストシーンが伝説に残るようなボクシング漫画を期待してやまない。
この作品が好きだからこそ、あえて言う!
1990年連載開始の印象に残った漫画
カメレオン (加瀬あつし)00年まで
MMR マガジンミステリー調査班 (石垣ゆうき)不定期連載・99年
シュート (大島司)03年まで
湘南純愛組 (藤沢とおる)96年まで
この年は加瀬あつし先生の『カメレオン』がスタートする。ひと言で言えばヤンキー系ギャグ漫画である。中学時代にいじめられっ子だった矢沢栄作が高校になって不良デビュー。
様々なトラブルに巻き込まれるが、ハッタリと強運で乗り越えていく。
……と行った話で、この作風は次作加瀬先生の次作以降も変わっていない。
=な…なんだってぇーーー!?=
そしてこの年…あの伝説の世紀末漫画が登場する。『MMR マガジンミステリー調査班』の開始である。もともとマガジンはドキュメンタリー漫画系に強く、度々単発で色々なドキュメント系の漫画を出していたが、そんな基盤がしっかりしているマガジンだからこそ出来た漫画なのかもしれない。マガジン編集部に設置されたミステリー調査班が、終末に向かう人類に残された謎を追求していくという漫画でした。
以前に一度取り上げていますね。
=トシ、サッカー好きか?=
大島司先生のシュートの連載が始まったのもこの年。この時期またまた登場の『男性名義の女性作家』である、このシュートは1990年~2003年までの長期連載となるが、正確には『シュートシリーズ』の通算連載期間である。実際は4部構成であり。無印(全33巻)・蒼きめぐりあい(全5巻)・熱き挑戦(全12巻)・新たなる伝説(全16巻)で構成されている。その為にコミックスでの通巻は全66巻。これも背景にJリーグ開幕があり、その為にサッカーが盛り上がっていた時期ならでわモノを感じる。
私が読んでいたのは初期の初期、伝説となる久保先輩が死んでしまうところくらいでした。
後にSMAPによって映画化されるが………キムタク(久保役)の『トシ、サッカー好きか?』のセリフだけでお腹いっぱいでした。
=藤沢先生覚醒=
艶姿純情BOY(1989年 - 1990年、週刊少年マガジン、講談社、全4巻)で初登場した藤沢とおる先生の2作目『湘南純愛組』の連載が開始する。主人公は後に日本一有名な不良教師になる鬼塚英吉と相棒の弾間龍二(通称・鬼爆コンビ)。この二人の喧嘩に女に明け暮れる青春時代が描かれる。
連載当初の画風は艶姿純情BOY寄りの輪郭線が太く目の大きい漫画キャラを描く画風だったが、後半で激変。一気に線の細い画風に洗練されていく。
連載後半の1996年には外伝的な作品『BAD COMPANY』も掲載された。
後の『GTO』に繋がって行く作品である。
1991年連載開始の印象に残った漫画
疾風伝説特攻の拓 (画・所十三/原作・佐木飛朗斗)97年まで
BOYS BE (画。玉越博幸/原作。イタバシマサヒロ)01年まで
=終わりはなんでもあるんだよ=
1991年、かなり連載作を惰性で読み始めている状態に入る。玉腰先生が描く女の子が可愛かった『BOYS BE』は1話単位で面白かったのだが、いつ読んでも変化を感じられず、覇王伝驍はパラレル和風世界の戦国物として面白かったが読む漫画もドンドン少なくなって行き、これはならば、喫茶店で読んだほうが良いなと感じ始める。
同時にこのあたりで既に少年マガジンから『ヤングマガジン』へのウエイトが大きくなり、少年マガジンにトドメを指したのはおそらく当時ヤングマガジンで連載していた『さくらの唄』(安達哲)だった。
はじめの一歩は名残惜しかったが、以降は単行本で買うことにして購読を終了した。
ただ、一つ言いたいのは…
疾風伝説特攻の拓は(しっぷうでんせつとっこうのたく)ではなく
かぜでんせつぶっこみのたく……であると言うことは強く言いたい。
その後……
はじめの一歩の連載は続いていたが、この頃からは再び喫茶店で雑誌を読み耽る日々に戻った。そこで気に入った作品があったら単行本を買い漁ると言うスタイルに戻ったのだ。
これ以降は単行本買いに移った自分が実際に購入してきた作品を書いてみようと思う。
サイコメトラーEIJI (画・朝基まさし/原作・安童夕馬)96年~00年まで
第一回のメビウス編でいきなりハマる。単行本は好きなエピドードだけ飛び飛びで持っていた。オタクの福島満(通称:みっちゃん)が好き。
この漫画との登場で一時期、マガジンをもう一度買い始めようと想ったくらい好き。鬼塚英吉といえばコチラと言う人も多いのでは?世間の流行りネタをあえて組み込んで展開される会話は新鮮でキャラクターに親近感が持てた。ドラマ版は反町派である。
ROAD-輝ける道- (塀内夏子)01年~02年短期連載
駅伝をテーマにした塀内夏子先生の短期連載漫画で、それでも全3巻だったと思う。カモメと呼ばれる出場チームの補欠で形成される混成チームのメンバーが主人公。一人ひとりに物語があり、一人ひとりが感動させてくれる。
DRAGON VOICE (西山優里子)01年~03年
男性アイドルグループ漫画。ダンスが得意で明るい性格の天海凛は唯一、自分のしゃがれた声にコンプレックスを持っていたが、その才能を見出されアイドルグループ『BEAT MAN』のメンバーとして加入する。凛の声は後にドラゴンボイスと呼ばれ、彼の才能は開花していく。と、言う話。このグループを見ているとどこからしらSMAPを想起せずにはいられなかった。私のお気に入りと言うより、嫁がハマった漫画。赤で統一された単行本のカバーが印象的。
ROAD-ふたつの太陽- (塀内夏子)02年 短期連載
前述のROAD~輝ける道~の続編。駅伝から舞台を42.195kmのマラソンに舞台を移して展開されていく。最終巻福岡国際マラソンのラストは以前同じチームで駅伝を走った沢田と晃太の一騎打ちで熱い展開でした。
漫画もアニメも大好きでいずれも全巻集める。語りだすと止まらなくなるので、あえてここでは遠慮しておく。
世相反映した毒のあるネタの数々が私の心に刺さる。毎回ネタ的には同じで、ぶっちゃけサンデーで連載していた『勝手に改造』と構成はほぼ同じ。ブラックユーモアを楽しむ漫画ですね。最近久々に読み返したのですが、世の中ってそんなに変わっていないのか、当時のネタは今でも十分通用してますね。
最終回を喫茶店で読んで、その足で帰宅してそのままブックオフに単行本を売りに行った漫画です。最終回直前までは本当に面白かったのに……なんでこうなった?と言わざる得ない作品。でっかく拡げ過ぎた風呂敷が全然畳めずに終わった漫画です。
ハプニングものにやたらエロをぶっ込んで来る精神は現在の連載漫画にも受け継がれていますが………あれはどうなんだろう。
そして現在……
現在はスマホのアプリ、『マガジンポケット』で連載作品を見ている。
アニメからハマった『ダイヤのA』や『ベイビーステップ』から始まり、最近では『ドメスティックな彼女』なども面白い。ゾンビ物の『インフェクション』はツッコミどころが多いなぁ。最近終了した麻雀漫画『無敵の人』は惜しい漫画だった。
あとがき
コレで少年漫画4誌の『僕の中の思い出』が終了した。
ボンヤリと頭に浮かんで、そのまま最長シリーズとして挑戦してみたが、振り返るとまだまだ書き足りないことは多いような気がする。特にマガジンは前3回も苦労したが、それ以上に苦労しました。記憶が断片的な物が多すぎて……。
次回予告ですが、次回はシリーズ最終回の5回目。なぜ私がこのような企画を始めようと思ったか?そのあたりを総括しながら書いていこうと思います。