さんじゅうろうの覚え書き

不治の中二病を患っている中年男『さんじゅうろう』の他愛のない覚え書きです。10年後には立派な黒歴史になっているかもれしない。

夏だ!お盆だ!怪談だ!

これを一発目のネタにするは如何なものか?とも思いましたが、時期的に考えても鉄板ネタだろうと思い、書くことにいたしました。

今から書く話は以前、私がタクシーの運転手をしていた時の話で、実際にあった話です。但し詳しい地名などは伏せて書きますので、その辺りはご了承ください。

プロローグ

皆さんもよく聞く話だとは思いますが『タクシー運転手は美味いお店を知っている』とか『深夜に走るタクシー運転手は怖い話に精通している』と言われてますよね?

でも実際は世間が思っている程でも無いのです。確かにお客さんを有名な料理店に運ぶことはありますけど、実際にそこで食事をした訳でも無く、普段はコンビニで買ったおにぎりで食事を済ませる事も多いですし、深夜に有名な心霊スポットと呼ばれる場所や墓場などを走る事も少なくはなかったのですが、それで心霊体験に遭遇する……なんて事は無かったりして、それこそ、そんな実在しない幽霊よりも酔っ払ったお客さんの方が遥かに怖い。

そんな風に考えていました……少なくてもあの日までは。

sheen1:今から数年前の深夜2時の繁華街

その日は絶不調だった……と、言うより月中頃の平日の夜。繁華街と言えど街を歩く人の姿は少ない。行き場を完全に無くしたタクシーの待機の列の方が街を走る乗用車より多く見える程だった。とはいえ、このまま営業所にも帰りづらい程の売り上げだったので、私も深夜の街をただ流しながら走るしか無かった。

暫く走っていると前方で手が挙がる、『ラッキー』とばかりに車を停め、お客さんを乗せる。行き先は北の県境のI市、一万円はかからないモノの7000円以上は見込める場所だった。

『これで何とか売り上げに格好がつく…』と安堵しながら目的地に向かう。幸いなことにお客さんも明るい饒舌な方だったので、私もそれに引っ張られるような感じで饒舌になり、道中は楽しく過ごす事が出来た。そして、目的地に到着しお客さんを見送り帰路に向かおうとした時に『ある考え』が頭をよぎった。

『この辺は久し振りに来たことだし、帰り道はルートを変えてみるか…』

仕事も一段落したので、そんなに急がなくても良いし、通ったことの無い道を通るのも勉強だと思い、帰り道は別のルートを変えてみることにした。

sheen2:県境の堤防道路>深夜2:40

時間は午前2時40分を回っていた頃であろうか、私は県境に近い堤防道路を西に向かい走っていた。単調な一本道が続く、右側は県境の大きな川が近いのか真っ暗、左側は街の灯りが多少見えるが、やはり深夜なので真っ暗だった。車のライトを上向きにして前方がよく見えるようにして走っているのだが、辺りは真っ暗なので多少心細い気持ちになり、ラジオをつけるとこれまた運が悪いのか電波の状態が良くなく『ガガガ…キーン』などと耳障りな音がする。仕方なくラジオを消して暫く走っていると、前方に車のテールライトが見えた、そんなに自分はスピードを出していた訳ではないのだが、徐々に私の車は前を走る車にドンドン追いついていった。

よく見ると、車の天井に煌々と光る行灯が……ご同業だ。しかもウチの会社よりも大手の、地域ではよく知られている会社のタクシーだった。かなりゆっくり走っているようだったので、私もそれに合わせてゆっくりと走った。そこで自分がライトを上向きにして走っているのを思い出し、これでは前の運転手も眩しかろうと下向きにライトを戻した時に、私はある事に気がついた。

 

あれ??…あの車、後ろにお客さん乗せてるのか?

後部座席に人影が見えた、女性かな?

 

実はこれはちょっとおかしな光景なのだ。通常、お客さんを乗せている時……いわゆる営業走行状態の時はメーターと連動していて、天井の行灯は消える。人が乗っている状態で行灯が光るのは緊急事態のスイッチが入っている時で、その際の行灯は点滅していたり、赤く光っていたりする。だが、目の間を走ってるタクシーの行灯は普通に点灯しているだけなので、そういった緊急事態でも無いみたいだ。

実は深夜のタクシーではよくある事なのだが、『◯◯まで◯◯円で行って欲しい』と交渉を持ちかけられる事がある。運転手も暇な時に待機列で中々来ないお客さんを待つよりも有益と言うこともあってか、あまり無茶な割引でない限りその交渉に乗ることがある。倒したメーターをその金額で上げて、それ以降は空車状態で目的地に向かうのだ。私はこういった交渉が下手くそで、例え交渉に乗っかっても大体その金額で目的地に着いてしまうので、割引もあったもんじゃなかった。中にはメーターを倒さずにそのまま金額を握りこんでしまう、いわゆる『ゲンコツ』と呼ばれる行為をする運転手もいるようだが、私には無縁。後ろめたくてそんな事は出来ません。

……と、その類いなのかな?と頭によぎった。大手なのによくやるなぁ…とそれ以上の事は考えないようにした……というよりこれから起こる異様な光景にそんな事はどうでも良くなったのだ。

sheen3 : 実感する恐怖

 深夜、堤防道路を走る2台のタクシー。前の車にはお客さんが乗っている。幾つかの違和感は感じていたが、考えてみれば普通の光景だ。でも異変はここから始まる。

 

前を走るタクシーの後部座席に乗っていた女性と思われるお客さんが突然、振り向いた。

まるで首だけ180度コチラに向いたかのよう振り返り、後ろを走る私の車を見ている。

髪はセミロング、血色の悪い顔、顔色が悪いだけに余計目立つ真っ赤な口紅。

黒い服でも着ているのか?顔だけで異様に浮かび上がっているように見える。

表情は極めて無表情だ。その顔がずっとコチラをみているのだ。

……いやいや待て、なんでこんなによく見えるんだ?普通、後続の車のライトくらいでここまで……ここまで表情が分かるくらい前の人の顔は見えないぞ…そもそも浮かび上がってるじゃん、こんなの中からライトでも当てないと、こんな風にはならないぞ。

と、自分の動悸が上がっていくのが分かる。これはおかしい……どう考えてもおかしい。

しかし目が離せない。完全に目が合ってしまっているのだ。

すると突然、その無表情な顔が堰を切ったかのように笑顔になった。

笑っているのである。目を見開いて真っ赤が口紅をつけた口角の上がった口元。

そしてその直後、甲高い笑い声が聞こえる。

あまりに驚いた私は急ブレーキをかけて停車してしまった。

2本の腕はしっかりとハンドルを握っている。でも下を向いたまま顔を上げることが出来なかった。

その状態でハザードのランプを点灯させ後続に備える、深夜の車の通りが少ないとは言え、追突の可能性を考えたからだ。

ドキドキしてしまって顔が上げれない。

『笑い声??窓……閉めてるよな……ラジオ……消してあるよな…なんなんだ、それは』

でもそんな事じゃない。その笑い声は確かに自分の耳元で聞こえたのだ。

「キャハハハハハハハハハ!!!」………と。

あり得ない出来事に動揺しっぱなしだったが、ようやくその顔を上げた時には、既にそのタクシーは姿を消していた。

 まだ気持ちに整理はついてなかったが、こんな堤防道路にいつまでも深夜だからと言って車を停めていられる筈もなく、車を走らせようとしてもう一度、自分は驚愕する事になる。

 

sheen4: 2時41分 

時計の表示は2時41分。さっき確認した時、40分を回ったところだったので、殆ど時間が経っていないのだ。

え?どっかで俺は寝ていたのか?今までのは夢とかそんな感じなのか?

そう思ったりしたが、間違いなく意識はしっかりしていたし、最初に時間を確認した場所より少なくても3㎞は進んでいたのだ。

もう恐ろしいのと訳が分からないのとが一緒になって、一目散に営業所に駆け込んだ。

同僚は…当たり前のことだが誰も信じてくれない。結構真面目に話したのだが、これ以上言うと、おかしくなったと思われかねないのでそれ以上は言うのを辞めて、胸に閉まっておこうと思った。

その後、それが影響で何かがあったとか、そういうことは一度も無い。

でも、未だにあの時、耳元を通りすぎて行った甲高い声と女性の表情だけは忘れることが出来ない。

それが私の今までで唯一の心霊体験(おそらく)だった。